そばの豆知識 8

たぬきそば

たぬきはきつねとともに、もっとも大衆的な種物の代表とされているが、かけそばに揚げ玉をのせるだけだからきつねよりもはるかに簡便な種物である

きつねは少なくとも、油揚げを甘く炊くのに手間がかかる。また天かすを利用するのだから、最も材料費のかからない種ものということができる。

つまり、最も気軽な種もののわけだが、なぜ「たぬき」と呼んだのかその由来はいくつ仮説がある。

 

 例えば、種らしきものが入っていないことから「たねぬき」となりそれが更に転じて「たぬき」になったという説。揚げ玉は天ぷらの揚げかすなのだから、とても種とはいえないということなのだろう。

また、揚げ玉のこってりとした味や色合いがたぬきに似ているという説もあるが、色合いはともかく、味となるとその根拠は何かということになる。

そこで思い浮かぶのは、江戸時代から行われてきたたぬき汁だろう。別名「むじな汁」北海道では全くなじみがないが、本来はたぬきの肉を大根、ごぼうで煮た味噌味の汁である。

 

 一般に、江戸時代までの日本では肉食が忌避されていたと思われがちだが、実際には以外と食べられている。ただし

 

 食肉獣などのご法度の寺院では、たぬきの肉の代わりにコンニャクを用いていたようで、現在、料理で狸汁といえば後者を指す。揚げ玉のこってりとした味からどちらの汁の味が連想されていたのだろうか

 たぬきが品書きになった時期もはっきりしない。大正時代の大阪で、天カスを入れたうどんが「大正うどん」や「ハイカラうどん」の名前で売り出されたというからそれが関東に伝わり、そば台で「たぬき」といわれるようになったのかもしれない。もっとも大阪では「きつねそば」を「たぬき」という伝統があるから、揚げ玉入りのそ蕎麦が「たぬき」と呼ばれるはずがなかったわけだ。京都ではきつねの餡かけが「たぬき」である。

 

 ところで、たかが「たぬき」だが揚げ玉なら何でもよいというわけでもない。もともと天ぷらそば用の天ぷらを揚げたときにでる揚げ玉を使ったせいなのだろうか、東京の蕎麦屋では、えびの香りが移った揚げ玉でなければ「本物のたぬき」ではないという伝統もあったといわれる。

 

 また、味の面でいえば、使用する小麦粉も無視できない。今の天ぷらの衣には薄力粉を使うのが常識になっているが、戦前蕎麦屋では輸入物のメリケン粉ではなく、国産中力粉の「うどん粉」を使っていたはずだ。とすれば当然、衣は現在よりもずっと、ぽってりとした感じだったろう。このように「たぬき」の由来は、「きつね」が油揚げときつね(稲荷信仰)の因縁でほぼ納得説明がされているのと対象で、それこそ人を化かしているといえるかもしれない。

月刊「めん」5月号より抜粋